萬葉集 巻第二十
(はたまきにあたるまき)
(家持歌日誌、最後の六年分。防人歌を含む)
鹿持雅澄『萬葉集古義』
山村に幸行しし時の歌二首 先の太上天皇、陪従の王臣に詔したまはく、夫諸王卿等、和へ歌を賦みて奏せと宣りたまひて、即ち御口号したまはく
4293 あしひきの山行きしかば山人の我に得しめし山つとそこれ
舎人親王、詔を応はりて和へ奉れる御歌*一首
4294 あしひきの山にゆきけむ山人の心も知らず山人や誰
右、天平勝宝五年の五月、大納言藤原朝臣の家に在せる時、
事を奏すに依りて請ひ問ふ間、少主鈴山田史土麿、少納言大伴宿禰家持に語りけらく、
昔に此の言を聞けりといひて、即ち此の歌を誦めりき。
天平勝宝五年八月の十二日、二三の大夫等、各壺酒を提げて、高圓野に登り、聊か所心を述べて作める歌三首
4295 高圓の尾花吹きこす秋風に紐ときあけな直ならずとも
右の一首は、左京少進大伴宿禰池主。
4296 天雲に雁そ鳴くなる高圓の萩の下葉はもみち堪へむかも
右の一首は、左中弁中臣清麿朝臣。
4297 をみなへし秋萩しぬぎさ牡鹿の露分け鳴かむ高圓の野そ
右の一首は、少納言大伴宿禰家持。
六年正月の四日、氏族人等、少納言大伴宿禰家持が宅に賀集ひて、宴飲する歌三首
4298 霜の上に霰飛走りいや益しに吾は参来む年の緒長く
古今未詳
右の一首は、左兵衛督大伴宿禰千室。
4299 年月は新た新たに相見れど吾が思ふ君は飽き足らぬかも
古今未詳
右の一首は、民部少丞大伴宿禰村上。
4300 霞立つ春の初めを今日のごと見むと思へば楽しとそ思ふ
右の一首は、左京少進大伴宿禰池主。
七日、天皇、太上天皇、皇太后、東の常宮の南の大殿に在して、肆宴きこしめす歌一首
4301 印南野の赤ら柏は時はあれど君を吾が思ふ時はさねなし
右の一首は、播磨の国の守安宿王奏したまへり。古今未詳。
三月の十九日、家持が庄の門の槻の樹の下にて宴飲する歌二首
4302 山吹は撫でつつ生ほさむありつつも君来ましつつ挿頭したりけり
右の一首は、置始連長谷。
4303 我が背子が屋戸の山吹咲きてあらば止まず通はむいや年の端に
右の一首は、長谷花を攀ぢ、壺を提げて到来れり。因是大伴宿禰家持、此の歌をよみて和ふ。
同じ月の二十五日、左大臣橘の卿、山田御母の宅に宴したまへる歌一首
4304 山吹の花の盛りにかくのごと君を見まくは千年にもがも
右の一首は、少納言大伴宿禰家持、時の花を囑てよめる。但し未だ出さざりし間、大臣宴を罷めたまへるによりて、詠み挙げせざりき。
霍公鳥を詠める歌一首
4305 木の暗のしげき峯の上をほととぎす鳴きて越ゆなり今し来らしも
右の一首は、四月、大伴宿禰家持がよめる。
七夕の歌八首
4306 初秋風すずしき夕へ解かむとそ紐は結びし妹に逢はむため
4307 秋と言へば心そ痛きうたて異に花になそへて見まく欲りかも
4308 初尾花花に見むとし天の川へなりにけらし年の緒長く
4309 秋風になびく川廻の和草のにこよかにしも思ほゆるかも
4310 秋されば霧たちわたる天の川石並み置かば継ぎて見むかも
4311 秋風に今か今かと紐解きてうら待ち居るに月かたぶきぬ
4312 秋草に置く白露の飽かずのみ相見るものを月をし待たむ
4313 青波に袖さへ濡れて榜ぐ舟のかし振るほとにさ夜更けなむか
右、七月の七日の夕*、大伴宿禰家持、独り天漢を仰てよめる。
4314 八千種に草木を植ゑて時ごとに咲かむ花をし見つつ偲はな
右の一首は、同じ月の二十八日、大伴宿禰家持がよめる。
4315 宮人の袖付け衣秋萩ににほひよろしき高圓の宮
4316 高圓の宮の裾廻の野つかさに今咲けるらむ女郎花はも
4317 秋野には今こそ行かめもののふの男女の花にほひ見に
4318 秋の野に露負へる萩を手折らずてあたら盛りを過ぐしてむとか
4319 高圓の秋野の上の朝霧に妻呼ぶ壮鹿出で立つらむか
4320 ますらをの呼び立てませば*さ牡鹿の胸分けゆかむ秋野萩原
右の歌六首は、兵部少輔大伴宿禰家持、独り秋の野を憶ひて、聊か拙懐を述べてよめる。
天平勝宝七歳乙未二月、相替へて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌
4321 畏きや命被り明日ゆりや加曳が斎田嶺を*妹無しにして
右の一首は、国造の丁、長下郡、物部秋持。
4322 我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影副へ見えて世に忘られず
右の一首は、主帳の丁、麁玉郡、若倭部身麿。
4323 時々の花は咲けども何すれそ母とふ花の咲き出来ずけむ
右の一首は、防人、山名郡、丈部眞麿。
4324 遠江白羽の磯と贄の浦と合ひてしあらば言も通はむ
右の一首は、同じ郡の丈部川相。
4325 父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごてゆかむ
右の一首は、佐野郡、丈部黒當。
4326 父母が殿の後の百代草百代いでませ我が来たるまで
右の一首は、同じ郡生玉部足國。
4327 我が妻も絵に描き取らむ暇もか旅ゆく吾は見つつ偲はむ
右の一首は、長下郡、物部古麿。 二月の六日、防人部領使遠江の国の史生坂本朝臣人上が、進れる歌の数十八首。但し拙劣き歌十一首有るは取載げず。
4328 大王の命かしこみ磯に触り海原渡る父母を置きて
右の一首は、某郡*助丁、丈部造人麿。
4329 八十国は難波に集ひ船飾り吾がせむ日ろを見も人もがも
右の一首は、足下郡の上丁、丹比部國人。
4330 難波津に装ひ装ひて今日の日や出でて罷らむ見る母なしに
右の一首は、鎌倉郡の上丁、丸子連多麿。
二月の七日、相模の国の防人部領使、守従五位下藤原朝臣宿奈麿が進れる歌の数八首。但し拙劣き歌五首は、取載げず。
防人の悲別の心を追痛みてよめる歌一首、また短歌
4331 天皇の 遠の朝廷と しらぬひ 筑紫の国は 賊まもる 鎮への城そと 聞こし食す 四方の国には 人多に 満ちてはあれど 鶏が鳴く 東男は 出で向かひ かへり見せずて 勇みたる 猛き軍卒と 労ぎたまひ 任のまにまに たらちねの 母が目離れて 若草の 妻をも枕かず あらたまの 月日数みつつ 葦が散る 難波の御津に 大船に 真櫂しじぬき 朝凪に 水手ととのへ 夕潮に 楫引き撓り 率もひて 漕ぎゆく君は 波の間を い行きさぐくみ 真幸くも 早く到りて 大王の 命のまにま 大夫の 心をもちて ありめぐり 事し終はらば 恙まはず 還り来ませと 斎瓮を 床辺に据ゑて 白妙の 袖折りかへし ぬば玉の 黒髪しきて 長き日を 待ちかも恋ひむ 愛しき妻らは
反し歌
4332 大夫の靫取り負ひて出でて行けば別れを惜しみ嘆きけむ妻
4333 鶏が鳴く東男の妻別れ悲しくありけむ年の緒長み
右、二月の八日、兵部少輔大伴宿禰家持。
4334 海原を遠く渡りて年経とも子らが結べる紐解くなゆめ
4335 今替る新防人が船出する海原の上に波な開きそね
4336 防人の堀江榜ぎ出る伊豆手船楫取る間なく恋は繁けむ
右の三首*は、九日、大伴宿禰家持がよめる。
4337 水鳥の立ちの急ぎに父母に物言ず来にて今ぞ悔しき
右の一首は、上丁、有度部牛麿。
4338 畳薦牟良自が磯の離磯の母を離れて行くが悲しさ
右の一首は、助丁、生部道麿。
4339 国めぐる当か任けり行き巡り還り来までに斎ひて待たね
右の一首は、刑部虫麿。
4340 父母え斎ひて待たね筑紫なる水漬く白玉取りて来までに
右の一首は、川原虫麿。
4341 橘の美衣利の里に父を置きて道の長道は行きかてぬかも
右の一首は、丈部足麿。
4342 真木柱讃めて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず
右の一首は、坂田部首麿。
4343 我ろ旅は旅と思ほど恋にして*顔持痩すらむ我が身悲しも
右の一首は、玉作部廣目。
4344 忘らむと野ゆき山ゆき我来れど我が父母は忘れせぬかも
右の一首は、商長首麿。
4345 我妹子と二人我が見し打ち寄する駿河の嶺らは恋しくめあるか
右の一首は、春日部麿。
4346 父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉そ*忘れかねつる
右の一首は、丈部稲麿。
二月の七日、駿河の国の防人部領使、守従五位下布勢朝臣人主、実進るは九日。歌の数二十首。但し拙劣き歌十首*は、取載げず。
4347 家にして恋ひつつあらずは汝が佩ける大刀になりても斎ひてしかも
右の一首は、国造の丁、日下部使主三中が父の歌。
4348 たらちねの母を別れてまこと我旅の仮廬に安く寝むかも
右の一首は、国造の丁、日下部使主三中。
4349 百隈の道は来にしを又更に八十島過ぎて別れか行かむ
右の一首は、助丁刑部直三野。
4350 庭中の阿須波の神に小柴さし吾は斎はむ還り来までに
右の一首は、主帳の丁、若麻續部諸人。
4351 旅衣八つ着重ねて寝れどもなほ肌寒し妹にしあらねば
右の一首は、望陀郡の上丁、玉作部國忍。
4352 道の辺の茨の末に延ほ豆のからまる君を離れか行かむ
右の一首は、天羽郡の上丁、丈部鳥。
4353 家風は日に日に吹けど我妹子が家言持ちて来る人も無し
右の一首は、朝夷郡の上丁、丸子連大歳。
4354 立ち鴨の立ちの騒きに相見てし妹が心は忘れせぬかも
右の一首は、長狭郡の上丁、丈部與呂麿。
4355 よそにのみ見てや渡らも難波潟雲居に見ゆる島ならなくに
右の一首は、武射郡の上丁、丈部山代。
4356 我が母の袖持ち撫でて我が故に泣きし心を忘らえぬかも
右の一首は、山邊郡の上丁、物部乎刀良。
4357 葦垣の隈所に立ちて我妹子が袖もしほほに泣きしそ思はゆ
右の一首は、市原郡の上丁、刑部直千國。
4358 大王の命かしこみ出で来れば我ぬ取り付きて言ひし子なはも
右の一首は、種淮郡の上丁、物部龍。
4359 筑紫方に舳向かる船のいつしかも仕へまつりて国に舳向かも
右の一首は、長柄郡の上丁、若麻續部羊。
二月の九日、上総の国の防人部領使、少目従七位下茨田連沙彌麿が進る歌の数十九首。但し拙劣き歌六首*は、取載げず。
私拙懐を陳ぶる一首、また短歌
4360 天皇の 遠き御代にも 押し照る 難波の国に 天の下 知らしめしきと 今の緒に 絶えず言ひつつ かけまくも あやに畏し 神ながら 我ご大王の 打ち靡く 春の初めは 八千種に 花咲きにほひ 山見れば 見の羨しく 川見れば 見のさやけく ものごとに 栄ゆる時と 見し賜ひ 明らめ賜ひ 敷きませる 難波の宮は 聞こし食す 四方の国より 奉る 御調の船は 堀江より 水脈引きしつつ 朝凪に 楫引き泝り 夕潮に 棹さし下り あぢ群の 騒き競ひて 浜に出でて 海原見れば 白波の 八重折るが上に 海人小船 はららに浮きて 大御食に 仕へまつると をちこちに 漁り釣りけり そきだくも おぎろなきかも こきばくも ゆたけきかも ここ見れば うべし神代ゆ 始めけらしも
反し歌
4361 桜花今盛りなり難波の海押し照る宮に聞こしめすなべ
4362 海原のゆたけき見つつ葦が散る難波に年は経ぬべく思ほゆ
右、二月の十三日、兵部少輔大伴宿禰家持。
4363 難波津に御船下ろ据ゑ八十楫貫き今は榜ぎぬと妹に告げこそ
4364 防人に立たむ騒きに家の妹が業るべきことを言はず来ぬかも
右の二首は、茨城郡、若舎人部廣足。
4365 押し照るや難波の津より船装ひ吾は榜ぎぬと妹に告ぎこそ
4366 常陸指し行かむ雁もが吾が恋を記して付けて妹に知らせむ
右の二首は、信太郡、物部道足。
4367 吾が面の忘れもしだは筑波嶺を振り放け見つつ妹は偲はね
右の一首は、茨城郡、占部小龍。
4368 久慈川は幸くあり待て潮船に真楫しじ貫き我は還り来む
右の一首は、久慈郡、丸子部佐壯。
4369 筑波嶺の早百合の花の夜床にも愛しけ妹そ昼も愛しけ
4370 霰降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に我は来にしを
右の二首は、那賀郡の上丁、大舎人部千文。
4371 橘の下吹く風のかぐはしき筑波の山を恋ひずあらめかも
右の一首は、助丁、占部廣方。
4372 足柄の 御坂た廻り 顧みず 吾は越え行く 荒し男も 立しや憚る 不破の関 越えて我は行く 馬の爪 筑紫の崎に 留まり居て 吾は斎はむ 諸々は 幸くと申す 還り来まてに
右の一首は、倭文部可良麿。
二月の十四日、常陸の国の部領防人使、大目正七位上息長真人國島が進れる歌の数十七首。但し拙劣き歌七首*は、取載げず。
4373 今日よりは顧みなくて大王の醜の御楯と出で立つ我は
右の一首は、火長、今奉部與曽布。
4374 天地の神を祈りて幸矢貫き筑紫の島を指して行く我は
右の一首は、火長、大田部荒耳。
4375 松の木の並みたる見れば家人の我を見送ると立たりし如
右の一首は、火長、物部眞島。
4376 旅ゆきに行くと知らずて母父に言申さずて今ぞ悔しけ
右の一首は、寒川郡の上丁、川上巨老。
4377 母刀自も玉にもがもや戴きて角髪の中に合へ巻かまくも
右の一首は、津守宿禰小黒栖。
4378 月日やは過ぐは行けども母父が玉の姿は忘れせなふも
右の一首は、都賀郡の上丁、中臣部足國。
4379 白波の寄そる浜辺に別れなばいともすべなみ八度袖振る
右の一首は、足利郡の上丁、大舎人部禰麿。
4380 難波門を榜ぎ出て見れば神さぶる生駒高嶺に雲そたなびく
右の一首は、梁田郡の上丁、大田部三成。
4381 国々の防人集ひ船乗りて別るを見ればいともすべなし
右の一首は、河内郡の上丁、神麻續部島麿。
4382 太小腹悪しけ人なり疝病我がする時に防人に差す
右の一首は、那須郡の上丁、大伴部廣成。
4383 津の国の海の渚に船装ひ発し出も時に母が目もがも
右の一首は、塩屋郡の上丁、丈部足人。
二月の十四日、下野の国の防人部領使、正六位上田口朝臣大戸が進れる歌の数十八首。但し拙劣き歌七首*は、取載げず。
4384 暁のかはたれ時に島陰を榜ぎにし船のたづき知らずも
右の一首は、助丁海上郡海上の国造、池田*日奉直得大理。
4385 行こ先に波な音動ひ後方には子をと妻をと置きてとも来ぬ
右の一首は、葛餝郡私部石島。
4386 我が門の五本柳いつもいつも母が恋すな業ましつつも*
右の一首は、結城郡、矢作部眞長。
4387 千葉の野の児手柏の含まれどあやに愛しみ置きて発ち来ぬ*
右の一首は、千葉郡、大田部足人。
4388 旅とへど真旅になりぬ家の妹が着せし衣に垢付きにかり
右の一首は、占部虫麿。
4389 潮舟の舳越そ白波急しくも負ふせ賜ほか思はへなくに
右の一首は、印波郡、丈部直大歳。
4390 群玉の枢に釘刺し堅めとし妹が心は危くなめかも
右の一首は、サ島郡*、刑部志加麿。
4391 国々の社の神に幣奉り贖乞ひすなむ妹が愛しさ
右の一首は、結城郡、忍海部五百麿。
4392 天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言問はむ
右の一首は、埴生郡、大伴部麻與佐。
4393 大王の命にされば父母を斎瓮と置きて参出来にしを
右の一首は、結城郡、雀部廣島。
4394 大王の命かしこみ夢のみにさ寝か渡らむ長けこの夜を
右の一首は、相馬郡、大伴部子羊。
二月の十六日、下総の国の防人部領使、少目従七位下縣犬養宿禰浄人が進れる歌の数二十二首。但し拙劣き歌十一首*は、取載げず。
独り龍田山の桜の花を惜しめる歌一首
4395 龍田山見つつ越え来し桜花散りか過ぎなむ我が帰るとに
独り江水に浮漂べる糞を見て、貝玉の依らざるを怨恨みてよめる歌一首
4396 堀江より朝潮満ちに寄る木糞貝にありせば苞にせましを
館の門にて、江南美女を見てよめる歌一首
4397 見渡せば向つ峯の上の花にほひ照りて立てるは愛しき誰が妻
右の三首は、二月の十七日、兵部少輔大伴宿禰*家持がよめる。
防人の情に為りて思を陳べてよめる歌一首、また短歌
4398 大王の 命かしこみ 妻別れ 悲しくはあれど 大夫の 心振り起し 取り装ひ 門出をすれば たらちねの 母掻き撫で 若草の 妻は取りつき 平らけく 我は斎はむ 好去くて 早還り来と 真袖もち 涙を拭ひ むせびつつ 言問すれば 群鳥の 出で立ちかてに とどこほり かへり見しつつ いや遠に 国を来離れ いや高に 山を越え過ぎ 葦が散る 難波に来居て 夕潮に 船を浮けすゑ 朝凪に 舳向け漕がむと さもらふと 我が居る時に 春霞 島廻に立ちて 鶴が音の 悲しく鳴けば はろばろに 家を思ひ出 負征矢の そよと鳴るまで 嘆きつるかも
反し歌
4399 海原に霞たなびき鶴が音の悲しき宵は国方し思ほゆ
4400 家思ふと眠を寝ず居れば鶴が鳴く葦辺も見えず春の霞に
右、十九日、兵部少輔大伴宿禰家持がよめる。
4401 唐衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして
右の一首は、国造、小縣郡、他田舎人大島。
4402 ちはやぶる神の御坂に幣まつり斎ふ命は母父がため
右の一首は、主帳、埴科郡、神人部子忍男。
4403 大王の命かしこみ青雲のとのびく山を越よて来ぬかむ
右の一首は、小長谷部笠麿。
二月の二十二日、信濃の国の防人部領使、道にて病を得て来たらず。進れる歌の数十二首。但し拙劣き歌九首*は取載げず。
4404 難波道を行きて来まてと我妹子が付けし紐が緒絶えにけるかも
右の一首は、助丁、上毛野牛甘。
4405 我が妹子が偲ひにせよと付けし紐糸になるとも我は解かじとよ
右の一首は、朝倉益人。
4406 我が家ろに行かも人もが草枕旅は苦しと告げやらまくも
右の一首は、大伴部節麿。
4407 ひな曇り碓日の坂を越えしだに妹が恋しく忘らえぬかも
右の一首は、他田部子磐前。
二月の二十三日、上野の国の防人部領使、大目正六位下上毛野君駿河が進れる歌の数十二首。但し拙劣き歌八首*は取載げず。
防人の悲別の情を陳ぶる歌一首、また短歌
4408 大王の 任のまにまに 島守に 我が発ち来れば ははそ葉の 母の命は 御裳の裾 摘み上げ掻き撫で ちちの実の 父の命は 栲綱の 白髭の上ゆ 涙垂り 嘆きのたばく 鹿子じもの ただ独りして 朝戸出の 愛しき吾が子 あら玉の 年の緒長く 相見ずは 恋しくあるべし 今日だにも 言問せむと 惜しみつつ 悲しびいませ 若草の 妻も子どもも をちこちに さはに囲み居 春鳥の 声のさまよひ 白妙の 袖泣き濡らし たづさはり 別れかてにと 引き留め 慕ひしものを 天皇の 命かしこみ 玉ほこの 道に出で立ち 岡の崎 い廻むるごとに 万たび かへり見しつつ はろばろに 別れし来れば 思ふそら 安くもあらず 恋ふるそら 苦しきものを うつせみの 世の人なれば 玉きはる 命も知らず 海原の 恐き道を 島伝ひ い榜ぎ渡りて あり巡り 我が来るまでに 平らけく 親はいまさね つつみなく 妻は待たせと 住吉の 吾が統神に 幣まつり 祈り申して 難波津に 船を浮け据ゑ 八十楫貫き 水手ととのへて 朝開き 我は榜ぎ出ぬと 家に告げこそ
反し歌
4409 家人の斎へにかあらむ平らけく船出はしぬと親に申さね
4410 み空行く雲も使と人は言へど家苞遣らむたづき知らずも
4411 家苞に貝そ拾へる浜波はいやしくしくに高く寄すれど
4412 島陰に我が船泊てて告げやらむ使を無みや恋ひつつ行かむ
二月の二十三日、兵部少輔大伴宿禰家持。
4413 枕太刀腰に取り佩き真憐しき夫ろが罷き来む月の知らなく
右の一首は、上丁、那珂郡、檜前舎人石前が妻、大伴眞足女。
4414 大王の命かしこみ愛しけ真子が手離れ島伝ひ行く
右の一首は、助丁、秩父郡、大伴部小歳。
4415 白玉を手に取り持して見るのすも家なる妹をまた見てもやも
右の一首は、主帳、荏原郡、物部歳徳。
4416 草枕旅ゆく夫なが丸寝せば家なる我は紐解かず寝む
右の一首は、妻椋椅部刀自賣。
4417 赤駒を山野に放し捕りかにて多摩の横山徒歩ゆか遣らむ
右の一首は、豊島郡の上丁、椋椅部荒虫が妻、宇遲部黒女。
4418 我が門の片山椿まこと汝我が手触れなな土に落ちもかも
右の一首は、荏原郡の上丁、物部廣足。
4419 家ろには葦火焚けども住みよけを筑紫に至りて恋しけ思はも
右の一首は、橘樹郡の上丁、物部眞根。
4420 草枕旅の丸寝の紐絶えば吾が手と付けろこれの針持し
右の一首は、妻、椋椅部弟女。
4421 我が行きの息づくしかば足柄の峰這ほ雲を見とと偲はね
右の一首は、都筑郡の上丁、服部於由。
4422 我が夫なを筑紫へ遣りて愛しみ帯は解かなな奇にかも寝も
右の一首は、妻服部呰女。
4423 足柄の御坂に立して袖振らば家なる妹はさやに見もかも
右の一首は、埼玉郡の上丁、藤原部等母麿。
4424 色深く夫なが衣は染めましを御坂廻らばまさやかに見む
右の一首は、妻物部刀自賣。
二月の二十幾日*、武藏の国の部領防人使、掾正六位上安曇宿禰三國が進れる歌の数二十首。但し拙劣き歌八首*は取載げず。
4425 防人にゆくは誰が夫と問ふ人を見るが羨しさ物思ひもせず
4426 天地の神に幣置き斎ひつついませ我が夫な吾をし思はば
4427 家の妹ろ我を偲ふらし真結びに結びし紐の解くらく思へば
4428 我が夫なを筑紫は遣りて愛しみ帯は解かなな奇にかも寝む
4429 馬屋なる縄断つ駒の後るがへ妹が言ひしを置きて悲しも
4430 荒し男のい小箭手挟み向ひ立ちかなるましづみ出でてと吾が来る
4431 笹が葉のさやく霜夜に七重着る衣に増せる子ろが肌はも
4432 障へなへぬ命にあれば愛し妹が手枕離れあやに悲しも
右の八首は、昔年の防人の歌なり。主典刑部少録正七位上磐余伊美吉諸君が、抄写て兵部少輔大伴宿禰家持に贈れり。
三月の三日、防人を検校ふる勅使、また兵部の使人等、同に集ひて飲宴するときよめる歌三首
4433 朝な朝な上がる雲雀になりてしか都に行きて早還り来む
右の一首は、勅使、紫微の大弼安倍沙美麿の朝臣。
4434 雲雀あがる春へとさやになりぬれば都も見えず霞たなびく
4435 含めりし花の初めに来し我や散りなむ後に都へ行かむ
右の二首は、兵部少輔大伴宿禰家持。
昔年相替はれる防人が歌一首
4436 闇の夜の行く先知らず行く我をいつ来まさむと問ひし子らはも
先の太上天皇の霍公鳥を御製ませる歌一首*
4437 霍公鳥なほも鳴かなむ本つ人かけつつもとな吾を音し泣くも
薩妙觀が詔を応はりて和へ奉れる歌一首
4438 霍公鳥ここに近くを来鳴きてよ過ぎなむ後に験あらめやも
冬の日、靱負の御井に幸ましし時、内命婦石川朝臣
諱曰邑婆
詔を応はりて雪を賦める歌一首
4439 松が枝の土に着くまで降る雪を見ずてや妹が籠り居るらむ
その時、水主内親王、寝膳安からず。累日参りたまはず。因此の日太上天皇、侍嬬等に勅りたまはく、水主内親王の為に、雪を賦みて奉献れとのりたまへり。是に諸の命婦等、作歌し堪ねたれば、此の石川命婦、独り此の歌を作みて奏せりき。
右の件の四首は、上総の国の大掾正六位上大原真人今城伝へ誦めりき。年月未詳。
上総の国の朝集使大掾大原真人今城が京に向かへる時、郡司の妻女等が餞せる歌二首
4440 足柄の八重山越えていましなば誰をか君と見つつ偲はむ
4441 立ち萎ふ君が姿を忘れずば世の限りにや恋ひ渡りなむ
五月の九日、兵部少輔大伴宿禰家持が宅にて集飲せる歌四首
4442 我が背子が屋戸の撫子日並べて雨は降れども色も変らず
右の一首は、大原真人今城。
4443 久かたの雨は降りしく撫子がいや初花に恋しき我が兄
右の一首は、大伴宿禰家持。
4444 我が背子が屋戸なる萩の花咲かむ秋の夕へは我を偲はせ
右の一首は、大原真人今城。
4445 鴬の声は過ぎぬと思へども染みにし心なほ恋ひにけり
右の一首は、即ち鴬の哢くを聞きてよめる。*大伴宿禰家持。
同じ月の十一日、左大臣橘の卿の、右大弁丹比國人真人が宅に宴したまふ歌三首
4446 我が屋戸に咲ける撫子幣はせむゆめ花散るないやをちに咲け
右の一首は、丹比國人真人が左大臣を寿く歌。
4447 幣しつつ君が生ほせる撫子が花のみ問はむ君ならなくに
右の一首は、左大臣の和へたまふ歌。
4448 あぢさゐの八重咲くごとく弥つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ
右の一首は、左大臣の、味狭藍の花に寄せて詠みたまへる。
十八日、左大臣の、兵部卿橘奈良麿朝臣が宅に宴したまふ歌一首
4449 撫子が花取り持ちてうつらうつら見まくの欲しき君にもあるかも
右の一首は、治部卿船王。
4450 我が背子が屋戸の撫子散らめやもいや初花に咲きは増すとも
4451 愛しみ吾が思ふ君は撫子が花になそへて見れど飽かぬかも
右の二首は、兵部少輔大伴宿禰家持が追ひてよめる。
八月の十三日、内の南の安殿にて、肆宴したまへるときの歌二首
4452 官女らが玉裳裾曳くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ
右の一首は、内匠頭播磨守兼けたる正四位下安宿王奏したまへり。
4453 秋風の吹き扱き敷ける花の庭清き月夜に見れど飽かぬかも
右の一首は、兵部少輔従五位上大伴宿禰家持。未奏。
十一月の二十八日、左大臣、兵部卿橘奈良麿朝臣が宅に集ひて、宴したまふ歌三首
4454 高山の巌に生ふる菅の根のねもころごろに降り置く白雪
右の一首は、左大臣のよみたまへる。
天平元年、班田時の使葛城王の、山背の国より、薩妙觀の命婦等が所に贈りたまへる歌一首
芹子ノ髱ニ副ヘタリ
4455 あかねさす昼は田賜びてぬば玉の夜のいとまに摘める芹これ
薩妙觀の命婦が報贈ふる歌一首
4456 大夫と思へるものを大刀佩きて可尓波の田居に芹そ摘みける
右の二首は、左大臣読みあげたまへり。*
〔天平勝宝〕八歳丙申、二月の朔乙酉二十四日戊申、天皇*、太上天皇、〔太〕皇太后、河内の離宮に幸行して、信信を経て*、壬子に難波の宮に伝幸し、三月の七日*、河内の国の仗人郷の馬史國人が家にて、宴したまへるときの歌三首
4457 住吉の浜松が根の下延へて我が見る小野の草な刈りそね
右の一首は、兵部少輔大伴宿禰家持。
4458 にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも*
右の一首は、主人散位寮の散位馬史國人。
4459 葦刈ると*堀江榜ぐなる楫の音は大宮人の皆聞くまでに
右の一首は、式部少丞大伴宿禰池主読みあぐ。即ち云へらく、兵部大丞大原真人今城、先つ日他所にて読みあげし歌なりといへり。
4460 堀江榜ぐ伊豆製の船の楫つくめ音しば立ちぬ水脈速みかも
4461 堀江より水脈さかのぼる楫の音の間なくそ奈良ば恋しかりける
4462 舟競ふ堀江の川の水際に来居つつ鳴くは都鳥かも
右の三首は、江の辺にてよめる。
4463 霍公鳥まづ鳴く朝明いかにせば我が門過ぎじ語り継ぐまで
4464 霍公鳥懸けつつ君を*松陰に紐解き放くる月近づきぬ
右の二首は、二十日、大伴宿禰家持興に依けてよめる。
族を喩す歌一首、また短歌
4465 久かたの 天の門開き 高千穂の 岳に天降りし 天孫の 神の御代より 梔弓を 手握り持たし 真鹿児矢を 手挟み添へて 大久米の ますら健男を 先に立て 靫取り負ほせ 山川を 岩根さくみて 踏み通り 国覓ぎしつつ ちはやぶる 神を言向け まつろはぬ 人をも和し 掃き清め 仕へまつりて 蜻蛉島 大和の国の 橿原の 畝傍の宮に 宮柱 太知り立てて 天の下 知らしめしける 天皇の 天の日嗣と 次第来る 君の御代御代
隠さはぬ 赤き心を 皇辺に 極め尽して 仕へくる 祖の職業と 事立てて 授け賜へる 子孫の いや継ぎ継ぎに 見る人の 語り継ぎてて 聞く人の 鑑にせむを 惜しき 清きその名そ 疎ろかに 心思ひて 虚言も 遠祖の名絶つな 大伴の 氏と名に負へる 健男の伴
反し歌*
4466 磯城島の大和の国に明らけき名に負ふ伴の男心つとめよ
4467 剣大刀いよよ磨ぐべし古ゆさやけく負ひて来にしその名そ
右、淡海真人三船が讒言せしに縁りて、出雲守大伴古慈悲宿禰任解けぬ。是以家持此の歌をよめり。
臥病みて常無きを悲しみ、修道せまくしてよめる歌二首
4468 現身は数なき身なり山川のさやけき見つつ道を尋ねな
4469 渡る日の影に競ひて尋ねてな清きその道またも会はむため
寿を願ひてよめる歌一首
4470 水泡なす仮れる身そとは知れれどもなほし願ひつ千年の命を
以前の歌六首は、六月の十七日、大伴宿禰家持がよめる。
冬十一月の五日の夜、少雷起鳴、雪散覆庭。忽懐感憐よめる短歌一首
4471 消残りの雪にあへ照るあしひきの山橘を苞に摘み来な
右の一首は、兵部少輔大伴宿禰家持。
八日、讃岐守安宿王等、出雲掾安宿奈杼麿が家に集ひて、宴したまふ歌二首
4472 大王の命かしこみ於保の浦を背向に見つつ都へのぼる
右の一首*は、掾安宿奈杼麿。
4473 うち日さす都の人に告げまくは見し日のごとくありと告げこそ
右の一首は、守山背王の歌なり。主人安宿奈杼麿語りけらく、奈杼麿朝集使に差され、京師に入てむとす。此に因りて餞する日、各歌をよみて、聊か所心を陳ぶ。
4474 群鳥の朝立ち去にし君が上はさやかに聞きつ思ひしごとく*
右の一首は、兵部少輔大伴宿禰家持、後日に出雲守山背王の歌に追ひて和ふる作。
二十三日、式部少丞大伴宿禰池主が宅に集ひて、飲宴する歌二首
4475 初雪は千重に降りしけ恋ひしくの多かる我は見つつ偲はむ
4476 奥山の樒が花の名のごとやしくしく君に恋ひ渡りなむ
右の二首は、兵部大丞大原真人今城。
智努女王の卒たまへる後、圓方女王の悲傷みてよみたまへる歌一首
4477 夕霧に千鳥の鳴きし佐保路をば荒しやしてむ見るよしをなみ
大原櫻井真人が、佐保川の辺を行く時、よめる歌一首
4478 佐保川に凍りわたれる薄氷の薄き心を我が思はなくに
藤原の夫人の歌一首
浄御原ノ宮ニ御宇シシ天皇ノ夫人ナリ。字ヲ氷上大刀自ト曰ヘリ<
4479 朝宵に音のみし泣けば焼き大刀の利心も吾は思ひかねつも
4480 畏きや天の朝廷を懸けつれば音のみし泣かゆ朝宵にして*
右の件の四首、伝へ読むは兵部大丞大原今城。
〔勝宝〕九歳*三月の四日、兵部大丞大原真人今城が宅にて、宴する歌二首*
4481 あしひきの八峯の椿つらつらに見とも飽かめや植ゑてける君
右の一首*は、兵部少輔大伴宿禰*家持が植椿を属てよめる。
4482 堀江越え遠き里まて送り来る君が心は忘らゆまじも
右の一首は、播磨介藤原朝臣執弓、任に赴くときの別悲の歌なり。主人大原今城伝へ読めりき。
〔勝宝九歳〕六月の二十三日、大監物三形王の宅にて、宴する歌一首
4483 移りゆく時見るごとに心痛く昔の人し思ほゆるかも
右、兵部大輔大伴宿禰家持がよめる。
4484 咲く花は移ろふ時ありあしひきの山菅の根し長くはありけり
右の一首は、大伴宿禰家持が、物色の変化ろへるを悲伶みてよめる。
4485 時の花いや愛づらしもかくしこそ見し明らめめ秋立つごとに
右の一首は、大伴宿禰家持がよめる。
天平宝字元年十一月の十八日、内裏にて肆宴きこしめす歌二首
4486 天地を照らす日月の極みなくあるべきものを何をか思はむ
右の一首は、皇太子の御歌。
4487 いざ子ども狂行なせそ天地の堅めし国そ大和島根は
右の一首は、内相藤原朝臣奏したまふ。
十二月の十八日、大監物三形王の宅にて、宴する歌三首
4488 み雪降る冬は今日のみ鴬の鳴かむ春へは明日にしあるらし
右の一首は、主人三形王。
4489 打ち靡く春を近みかぬば玉の今宵の月夜霞みたるらむ
右の一首は、大蔵大輔甘南備伊香真人。
4490 あら玉の年往き還り春立たばまづ我が屋戸に鴬は鳴け
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4491 大き海の水底深く思ひつつ裳引き平しし菅原の里
右の一首は、藤原宿奈麿朝臣が妻石川女郎が、薄愛離別、悲恨みてよめる歌なり。年月未詳。
二十三日、治部少輔大原今城真人が宅にて、宴する歌一首
4492 月数めばいまだ冬なりしかすがに霞たなびく春立ちぬとか
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
二年春正月の三日、
侍従・堅子・王臣等を召して、
内裏の東の屋の垣下に侍はしめ、
玉箒を賜ひて肆宴きこしめす。時に内相藤原朝臣勅を奉りて、
宣はく、諸王卿等、
随堪任意こころのまにま 歌よみ詩ふみ賦つくれとのりたまへり。
仍かれ詔旨みことのりのまにま、
各おのもおのも心緒おもひを陳のべて歌よみ詩ふみ賦つくれり。
諸人ノ賦レル詩マタ作メル歌ヲ得ズ。
4493 初春の初子の今日の玉箒手に取るからに揺らく玉の緒
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持がよめる。但し大蔵の政に依りて、え奏さざりき。
4494 水鳥の鴨の羽の色の青馬を今日見る人は限りなしといふ
右の一首は、七日の侍宴の為に、右中弁大伴宿禰家持、此の歌を預めよめり。但し仁王会の事に依り、六日、内裏に諸王卿等を召して、酒を賜ひ肆宴きこしめし、禄給へるに因りて奏さざりき。
六日、内庭に仮に樹木を植ゑて、林帷と作て、肆宴きこしめす歌一首
4495 打ち靡く春ともしるく鴬は植木の木間を鳴き渡らなむ
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。未奏。*
二月の某日*、式部大輔中臣清麿朝臣が宅にて、宴する歌十首*
4496 恨めしく君はもあるか屋戸の梅の散り過ぐるまで見しめずありける
右の一首は、治部少輔大原今城真人。
4497 見むと言はば否と言はめや梅の花散り過ぐるまて君が来まさぬ
右の一首は、主人中臣清麿朝臣。
4498 愛しきよし今日の主人は磯松の常にいまさね今も見るごと
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4499 我が背子しかくし聞こさば天地の神を乞ひ祈み長くとそ思ふ
右の一首は、主人中臣清麿朝臣。
4500 梅の花香をかぐはしみ遠けども心もしぬに君をしそ思ふ
右の一首は、治部大輔市原王。
4501 八千種の花は移ろふ常盤なる松のさ枝を我は結ばな
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4502 梅の花咲き散る春の長き日を見れども飽かぬ磯にもあるかも
右の一首は、大蔵大輔甘南備伊香真人。
4503 君が家の池の白波磯に寄せしばしば見とも飽かむ君かも
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4504 うるはしと吾が思ふ君はいや日日に来ませ我が背子絶ゆる日なしに
右の一首は、主人中臣清麿朝臣。
4505 磯の裏に常呼び来棲む鴛鴦の惜しき吾が身は君がまにまに
右の一首は、治部少輔大原今城真人。
興に依けて、各高圓の離宮処を思ひてよめる歌五首
4506 高圓の野の上の宮は荒れにけり立たしし君の御代遠そけば
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4507 高圓の峰の上の宮は荒れぬとも立たしし君の御名忘れめや
右の一首は、治部少輔大原今城真人。
4508 高圓の野辺はふ葛の末つひに千代に忘れむ我が大王かも
右の一首は、主人中臣清麿朝臣。
4509 延ふ葛の絶えず偲はむ大王の見しし野辺には標結ふべしも
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4510 大王の継ぎて見すらし高圓の野辺見るごとに音のみし泣かゆ
右の一首は、大蔵大輔甘南備伊香真人。
山斎を属目てよめる歌三首
4511 鴛鴦の棲む君がこの山斎今日見れば馬酔木の花も咲きにけるかも
右の一首は、大監物御方王。
4512 池水に影さへ見えて咲きにほふ馬酔木の花を袖に扱入れな
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。
4513 磯影の見ゆる池水照るまでに咲ける馬酔木の散らまく惜しも
右の一首は、大蔵大輔甘南備伊香真人。
二月の十日、内相の宅にて、渤海大使小野田守朝臣等を餞する宴の歌一首
4514 青海原風波なびき往くさ来さ障むことなく船は速けむ
右の一首は、右中弁大伴宿禰家持。未誦之。
七月の五日、治部少輔大原今城真人が宅にて、因幡守大伴宿禰家持を餞する宴の歌一首
4515 秋風の末吹き靡く萩の花ともに挿頭さず相か別れむ
右の一首は、大伴宿禰家持がよめる。
三年春正月の一日、因幡の国の庁にて、国郡司等を賜饗する宴の歌一首
4516 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事
右の一首は、守大伴宿禰家持がよめる。
巻第二十 了
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引用文献
○ManyoshuBest100 、
○万葉集[YouTube] 、
○萬葉集朗詠ライブ 、
○歴史ヒストリア 、
○万葉歌と明石 、、
○100分de名著 万葉集 其の1 、
○ 其の2
、、
万葉集読み上げ 巻1 ( 1 -27) 、
万葉集読み上げ 巻1 (28-49) 、
万葉集読み上げ 巻1 (50-84)
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