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論語教育 道徳教育 論語は日本の文化 《徳=仁.義.礼.勇.智.謙.信.忠.寛》  孔子 儒教
序 學而第一 為政第二 八佾 第三 里仁第四 公冶長第五 雍也第六 述而第七 泰伯第八 子罕第九 郷党第十 先進第十一 顔淵第十二 子路第十三 憲問第十四 衛霊公第十五 季氏第十六 陽貨第十七 微子第十八 子張第十九 尭曰第二十


論 語 (八佾 第三)   禮楽



03-01

孔子、季氏(きし)を謂(い)う、八佾 (はちいつ)を庭(てい)に舞(ま)わす、これにして忍ぶべくんば、いずれをか忍(しの)ぶべからざらんや。
03-02

三家者(さんかしゃ)、雍(よう)をもって徹(てっ)す。子(し)曰(いわ)く、相(たす)くるはこれ辟公(へきこう)、天子は穆穆(ぼくぼく)たり、とあり。いずくんぞ三家の堂(どう)に取(と)らん。
03-03

子(し)曰(いわ)く、人にして不仁(ふじん)ならば、礼をいかん。人にして不仁ならば、楽(がく)をいかん。
03-04

林放(りんぽう)、礼の本(もと)を問う。子(し)曰(いわ)く、大なるかな問いや。礼はその奢(おご)らんよりはむしろ倹なれ。喪(も)はその易(ととの)わんよりはむしろ戚(いた)め。
03-05

子(し)曰(いわ)く、夷狄(いてき)にも君あり、諸夏(しょか)のなきがごとくならず。
03-06

季氏(きし)、泰山(たいざん)に旅(りょ)す。子、冉有(ぜんゆう)に謂いて曰く、女(なんじ)救うあたわざるか。対(こた)えて曰く、あたわず。子(し)曰(いわ)く、嗚呼(ああ)、かつて泰山を謂うこと、林放(りんぽう)のごとくならざりしか。
03-07

子(し)曰(いわ)く、君子は争うところなし。必ずや射(しゃ)か。揖譲(ゆうじょう)して升(のぼ)り、下(くだ)りて飲む。その争いや君子なり。
03-08

子夏(しか)、問うて曰く、巧笑倩(こうしょうせん)たり、美目(びもく)(はん)たり、素(そ)もって絢(あや)となす、と。なんの謂(い)いぞや。子(し)曰(いわ)く、絵事(かいじ)は素ののちにす。曰く、礼はのちなるか。子(し)曰(いわ)く、予を起す者は商なり。始めてともに詩(し)を言うべきのみ。
03-09

子(し)曰(いわ)く、夏(か)の礼はわれよくこれを言わんとするも、杞(き)は徴(ちょう)するに足らざるなり。殷(いん)の礼はわれよくこれを言わんとするも、宋(そう)は徴するに足らざるなり。文献の足らざるがゆえなり。足らばわれよくこれを徴(ちょう)せん。
03-10

子(し)曰(いわ)く、(てい)はすでに灌(かん)してより而往(のち)は、われ、これを観(み)るを欲せず。
03-11

あるひと(てい)の説を問う。子(し)曰(いわ)く、知らざるなり。その説を知る者の天下(てんか)におけるや、それこれをここに示すがごときか、と。その掌(たなごころ)を指(さ)せり。
03-12

祭ること祭にあるがごとくすれば、神は神在(いま)すがごとし、とあり。子(し)曰(いわ)く、われ与(あずか)らざれば、祭るも祭らざるがごときなり。
03-13

王孫賈(おうそんか)、問うて曰く、それ奥(おう)に媚(こ)びんよりは、むしろ竈(かまど)に媚びよ、とはなんの謂(い)いぞや。子(し)曰(いわ)く、しからず、罪を天に獲(う)れば、祷(いの)るところなきなり。
03-14

子(し)曰(いわ)く、周は二代に監(かんが)みて郁郁(いくいく)として文なるかな。われは周に従(したが)わん。
03-15

子(し)、大廟に入り、事ごとに問う。或るひとの曰く、孰(た)れか謂う、人(すうひと)の子(こ)礼を知ると。大廟に入りて事(こと)ごとに問えり。子(し)これを聞きて曰く、これ礼(れい)なり。
03-16

子(し)曰(いわ)く、射(しゃ)は皮(ひ)を主(しゅ)とせず。力をなすに科(か)を同じくせず。古(いにしえ)の道なり。
03-17

子貢(しこう)、告朔(こくさく)の羊(きよう)を去らんと欲す。子(し)曰(いわ)く、賜(し)や、なんじはその羊を愛(おし)む、われはその礼を愛(おし)む。
03-18

子(し)曰(いわ)く、君(きみ)に事(つか)うるに礼を尽(つ)くせば、人はもって諂(へつら)いとなすなり。
03-19

定公(ていこう)問う、君(きみ)、臣を使い、臣、君に事(つか)うるには、これをいかんせん。孔子対(こた)えて曰く、君(きみ)、臣を使うに礼をもってし、臣、君に事(つか)うるに忠をもってす。
03-20

子(し)曰(いわ)く、関雎(かんしょ)は楽しんで淫(いん)せず、哀(かな)しんで傷(やぶ)らず。
03-21

哀公(あいこう)、社(しゃ)を宰我(さいが)に問う。宰我、対(こた)えて曰く、夏后氏(かこうし)は松を以(もち)い、殷人(いんひと)は柏(はく)を以(もち)い、周人(しゅうひと)は栗(りつ)を以(もち)う。民をして戦栗(せんりつ)せしむるをいうなり、と。子これを聞いて曰く、成事(せいじ)は説かず、遂事(すいじ)は諌(いさ)めず、既往(きおう)は咎(とが)めず。
03-22

子(し)曰(いわ)く、管仲(かんちゅう)の器(うつわ)は小なるかな。あるひと曰く、管仲は倹(けん)なるか。曰く、管氏に三帰(さんき)あり、官事(かんじ)は摂(せっ)せず、いずくんぞ倹(けん)なるを得ん。しからばすなわち管仲は礼を知るか。曰く、邦君(ほうくん)は樹(じゅ)もて門を塞(ふさ)ぐ、管氏もまた樹もて門を塞ぐ。邦君が両君の好(よし)みをなすには反?(はんてん)あり、管氏もまた反?(はんてん)あり。管氏にして礼を知らば、たれか礼を知(し)らざらんや。
03-23

子、魯(ろ)の大師(たいし)に楽(がく)を語りて曰く、楽はそれ知るべきなり。始め作(おこ)すや翕如(きゅうじょ)たり。これに従うこと純如(じゅんじょ)たり。皦如(きょうじょ)たり。繹如(えきじょ)たり。もって成る。
03-24

儀(ぎ)の封人(ほうじん)、見(まみ)えんことを請(こ)うて曰く、君子のここに至るや、われいまだかつて得て見(み)えずんばあらず、と。従者(じゅうしゃ)、これを見(まみ)えしむ。出(い)でて曰く、二三子(にさんし)、なんぞ喪(うしな)うを患(うれ)えんや。天下の道なきや久し。天、まさに夫子(ふうし)をもって木鐸(ぼくたく)となさんとするなり。
03-25

子、韶(しょう)を謂う。美を尽(つく)し、また善を尽せり。武(ぶ)を謂う。美を尽せり、いまだ善を尽(つく)さず。
03-26

子(し)曰(いわ)く、上(かみ)におりて寛(かん)ならず、礼をなして敬(つつし)まず、喪(も)に臨んで哀(かな)しまずんば、われ何をもってこれを観(み)んや。



論 語 (八佾 第三) 終

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孔子は、よきリーダーとなるために
人間としての「徳」を身につけなさい、そのための努力をしなさいと説いています。
四書五経は日本の文化 、 論語は小学生から学ぶ必須の書
( 人は心で動く ) ( 利をみて義を思う )

上に立つ者(リーダー)は、それなりの器量と人格がなくてはいけません

  ・仁 (思いやりの心)
  ・義 (人間としての正しいすじ道)
  ・礼 (他の人に敬意を示す作法)
  ・勇 (決断力)
  ・智 (洞察力、物ごとを判断する働き)
  ・謙 (謙虚、つつましくひかえめ)
  ・信 (うそをつかない約束を守る)
  ・忠 (まごころ)
  ・寛 (寛容、心が広く人のあやまちを受け入れる)

の自分を律する倫理性(徳)をもたなければならないと孔子は説いています。



(姉妹篇):
論 語Rongo: 原文,読み下し ,日本語Japanese ,英語English ,フランス語French ,ドイツ語German

序文、 學而第一(学問のすすめ)、 為政第二(政治)、 八佾 第三(禮楽)、 里仁第四(仁と徳)、 公冶長第五(政治家人物評) 、 雍也第六(人物評・人生論・学問論)、 述而第七(孔子)、 泰伯第八(古代聖帝)、 子罕第九(孔子の言行人格)、 郷党第十(孔子の生活態度)、 先進第十一(孔子の弟子批評と愛情)、 顔淵第十二(孔子と弟子たちの問答)、 子路第十三(政治と道徳)、 憲問第十四(政治家人物論)、 衛霊公第十五(孔子の教えの数々)、 季氏第十六(孔子の言葉)、 陽貨第十七(孔子の金言)、 微子第十八(孔子の周辺について記述)、 子張第十九(弟子たちの言葉)、 尭曰第(天命の伝承)

参考資料
四書五経は日本の文化(朱熹集註) 、 論語はあらゆる教育の聖書[バイブルBible]、 論語(原文,素読)、 論語、 論語(日本語)、 論語(Analects of Confucius)A、 B、 (素読の思い出)、 (すらすら読める論語)
(マンガ論語完全入門)、 (論語:宮崎市定)、 大学(だいがく)、 中庸(ちゅうよう)、 四書五経-日本語Wiki、 論語-日本語Wiki、 老子、 荘子、 空海、

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